千日墓地
京都でその昔当尾と呼ばれていたところで周辺には墓地多数ありこちらはその中で最も古い。鎌倉時代に建立された石塔は文化財指定されているなど歴史的に由緒ある場所ですが関西圏ではその名を轟かせる心霊スポットです。お墓に通じる道も整備されておらず、お墓自体もあまり管理が行き届いていないことから行き着くのには一苦労。夜に行くには相当な気力と知識が必要です。鎧武者とか石仏が睨んできたなどの目撃報告が多数あります。
大阪七墓めぐり
こちらは既に移転・縮小したお墓ばかりですが、現在でも様々な伝説が語られています。
千日墓地
関西を代表する場所としてまずここをあげなげればなりません。道頓堀の南東、千日前商店街のある賑やかな繁華街のあたりは江戸時代から葬儀場・斎場・墓地・そして処刑場まで併設された大規模なお墓でした。多数の死者を出した千日前デパート火災の会った場所もこのあたり。
梅田墓地
現在のJR貨物駅あたりにあったお墓。刑場も併設されていたようで、北向地蔵尊は墓地の名残を残しています。
葭原墓地
「よしはら」「よしわら」と呼ばれ、天神橋のあたりにありました。こちらも跡地にはビルが立ち並び、わずかに沖向地蔵尊が残って近所の方の信仰を集めています。
蒲生墓地
JR京橋駅の程近くにありました。当時は田畑が一面にひろがっていたところも現在では街並みに。。ですが、こちらはわずかな場所に六地蔵や墓石が佇んでいます。
南浜墓地
梅田から北東方面に向かったあたり。こちらは現存しています。しかも整地されたのは1300年前というはるか昔。行基によって作られたそうです。地蔵尊の説明プレートには「日本最古のお墓」と書かれています。行ってみると現代のお墓とは違う独特の雰囲気に醸しだされます。
小橋墓地
上本町駅近くの丘陵地帯にあったお墓。今は東高津公園という公園に変わっています。
飛田墓地
地下鉄動物園前駅のあたりです。昔はかなり広大な敷地を誇っていたのですが明治時代になって徐々に縮小・消滅しました。現在はほとんど面影はありません。
ゼロ戦墓地
兵庫県の某所にある一風変わったお墓。戦争資料館の一角にあり、レプリカのゼロ戦がそびえる中、裾野に墓地が広がっています。特攻隊員の墓碑や無縁仏、慰霊碑が並んでいて、整備もされてきれいなお墓であることは間違いないのですが、軍服姿の少年の幽霊や墓石が鳴り出したなどの目撃談が多数寄せられている。